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東京地方裁判所 昭和31年(ワ)5784号 判決

原告 長田太助

右代理人 細谷啓次郎

被告 山田清一

右代理人 佐藤操

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は、原告の負担とする。

事実

≪省略≫

理由

一、原告が、昭和二十四年七月十九日訴外板谷常雄からその所有に係る東京都江戸川区小岩町三丁目千四百三十七番地ノ二所在宅地二十八坪六合二勺並びに同所同番地の三所在宅地二十八坪三合三勺を買い受け、即日その売買による所有権取得登記の手続をしたこと、被告が、右原告所有土地のうち別紙第一目録表示の土地四十四坪一勺を原告の所有取得以前から賃料一ヶ月一坪当り金二円五十銭一ヶ月合計金百十円、毎月末日払の約により前主から賃借しており、原告が右土地の所有権取得に伴い前主の地位を承継したこと、原告が被告に対し昭和三十一年二月十七日附内容証明郵便で原告主張のような賃料支払の催告並びに停止条件附契約解除の意思表示をなし、同書面が翌二月十八日被告に到達したこと、原告が、被告に対し昭和三十一年二月二十三日附内容証明郵便で、前記内容証明郵便の誤記を訂正し、原告主張のような賃料の支払の猶予並びに停止条件附契約解除の意思表示をなし、同書面が翌二月二十四日被告に到達したこと及び原告が被告の右の支払請求に応じなかつたことは、当事者間に争がない。

二、ところで、原告は、地代家賃等は、停止統制額の改定増額により、反対意思表示のない限り、自動的に新たな統制額まで増額されるものであると主張するので、この点について判断することとする。地代家賃等の停止統制額の制定の趣旨が、原告の主張するように、地代家賃等を戦時又は戦後の諸物価の昂騰、公租公課の増徴その他経済界の推移等異常な社会状勢の変動に放任し、かつ本来の経済生活の自由に委ねるにおいては、国民生活上影響するところが甚大であるため、これを一定限度以下に強制抑圧するにあることはいうまでもないが、その最低限度を定めるものではないから、その限度額以下で地代家賃等が授受されることは、なんら差しつかえないわけである。そのためには、私法的な面においては、土地家屋の賃貸借契約中その一定限度額を超える地代家賃等の支払を約する部分の効力を否認すれば足り、行政的法令の改正又は行政庁の告示の改正という形により国家が当事者に代つて全面的に個々の地代家賃等を定める必要は少しも存せず、停止統制額の枠の中で当事者が自由に地代家賃等を定めるに任して置いて差しつかえないわけである。何となれば、停止統制額の制定される前においては、具体的な地代家賃等は当事者の合意によつて定まり、その改定は、当事者の合意によるか、借地法第十二条又は借家法第七条の規定による賃料増額の請求権の行使によつて行われたものであるが、停止統制額が制定されたからといつて、その枠の中において当事者が右の方法により地代家賃等を定め、改定することができることに何ら変りはないのであり、国家が停止統制額の増額変更とともに、当事者に代つて具体的な地代家賃等を増額変更する必要は少しも存しないからである。したがつて、明文の規定のない以上、停止統制額の増額変更によつて具体的な地代家賃等が自動的にその停止統制額にまで増額変更されるものと解することはできない。あくまでも具体的な地代家賃等の増額変更は、私法的な意思表示を原因として生ずるものと解するのが相当である。仮に停止統制額の改定増額により、反対の意思表示のない限り、自動的に新たな停止統制額まで地代家賃等が増額される場合があるとしても、それは、予めそのような合意が当事者間になされているものと解するのが相当である。しかるに、本件においては、予めそのような合意があつた旨の主張立証もないのであるから、本件土地の賃料が、停止統制額の改定増額により、自動的に新たな停止統制額まで増額されたものと解することはできない。もつとも地代家賃等の停止統制額までの賃料の改定増額の場合に地主又は家主からその停止統制額までの賃料の値上方の請求があつた場合には借地法第十二条又は借家法第七条の規定により賃料増額の請求があつたものと解することができ、原告は、被告に対し昭和二十四年九月中小林勇を代理人として、また昭和二十五年七月中直接に又は佐々木仁太郎を代理人として賃料の値上方を要求した旨主張し、証人小林勇、同佐々木仁太郎の各証言及び原告本人尋問の結果中には、右の主張事実に符合する証言及び供述があるが、右の証言及び供述は、証人山田たか、同池田久米松の各証言及び被告本人尋問の結果と照合すれば、にわかに信用することはできず、他に右の原告主張事実を認めるに足る証拠はない。したがつて、本件土地の賃料が昭和二十四年九月中又は昭和二十五年七月中に増額されたものと解することもできない。

三、そうして前述の昭和三十一年二月十七日附内容証明郵便及び同年二月二十三日附内容証明郵便による原告の被告に対する賃料支払の催告は、昭和二十五年八月一日から昭和三十一年一月三十一日までの停止統制額により計算した賃料と原告の供託金との差額の支払を求めるものであり、借地法第十二条の規定によつても、過去に遡つて賃料の増額請求をすることはできないのであり、右の催告により本件土地の昭和二十五年八月一日から昭和三十一年一月三十一日までの賃料が増額されたものと解することはできない。したがつて右の催告は不適法なものであり、これを前提する停止条件附契約解除の意思表示もその効力を発生するに由ないものといわなければならない。

四、次に、原告が被告に対し昭和三十一年十月八日付内容証明郵便で停止統制額に基いて算出した昭和二十五年八月一日から昭和三十一年一月三十一日までの賃料総計金二万五千七百八十五円四銭を同年十月十五日までに支払われたい旨を催告し、かつ、若し被告がこれに応じないときは、右の十月十五日の経過によつて、本件賃貸借契約を解除する旨の停止条件附契約解除の意思表示をなし、右催告及び意思表示が翌十月九日被告に到達したことは当事者間に争がないが、前述したように、昭和二十五年八月一日から翌三十一年一月三十一日までの賃料が増額されたものと解することはできないから、右の催告は従前の賃料一ヶ月一坪当り金二円五十銭一ヶ月合計金百十円を超える賃料の支払を求める部分については効力を有しないものといわなければならない。しかも右の催告以前に昭和二十五年八月分から昭和三十一年一月分まで六十六ヶ月分一ヶ月一坪当り金二円五十銭の割合、計金七千二百六十円を被告が供託していることは当事者間に争がない。

そうして、証人山田たかの証言及び被告本人尋問の結果によれば、原告が本件土地の所有者になつて間もなく、被告が原告方に地代を持参したが、原告がその受領を拒み、その後も被告の地代支払の申入を原告が拒んだために、被告が前記の供託をなすに至つたことを認めることができる。また被告が右の供託につき供託書を原告に送付しなかつたことは、当事者間に争がないが、供託書がなくとも供託金の還付請求ができないわけのものではないから、それだけの事由で供託を無効と解することもできない。したがつて、右の供託は適法なものとして、その限度において、被告は賃料債務を免れたものというべきであり、賃料不払を条件とする昭和三十一年十月八日附内容証明郵便による原告の本件賃貸借契約解除の意思表示もその効力を生じないものといわなければならない。

よつて、被告に本件土地を占有すべき何らの権原もないことを理由として、被告に対し別紙第一目録表示の土地をその地上に存する別紙第二目録表示の建物を収去して明け渡すことを求める原告の本訴請求は、失当として棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 石井敬二郎)

〈以下省略〉

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